ならずものがやってくる

「ならずものがやってくる」

最後の章はどう考えても悲しくないか?

彼はサーシャの住まいへと入っていき、そこにまだいる自分を見つけるー若かったころの彼自身を。
たくさんの展望とこころざしを持ち、まだ何一つ決まってはいなかったころの彼自身を。空想は彼をさらに駆り立て、希望を膨らませた。アレックスはふたたび呼び鈴を押した。そしてさらに待つうちに、それがゆっくりと失われていくのを知った。気まぐれな思いつきは失敗に終わり、そのまま消し飛んでいった。(p430)

アレックス(あるいはこの物語の語り手たち)は、「ならずもの」=時間が、「若かったころの」彼ら自身をぶっつぶしたことを知っている。そのおかげで、読者は何度もその挫折を味わう。この章だって、その挫折を味わうためのものではないか?

明日そうではない理由を探して、もう一度読んでみよう。